草津町の歴史

草津という地名の由来には、草津の温泉独特の硫黄成分の強い臭いから「臭い水」が草津に変化したという説と、大乗経典の大般若経大般若経の中の「南方有名是草津湯」という一文から名付けられたという説がありますが、定かではありません。

そもそも草津温泉を発見した人物が特定されていません。古墳時代に日本武尊が発見したという説、奈良時代に僧の行基が発見したという説、鎌倉時代に源頼朝が発見したという説など、諸説入り混じっています。真偽の程は定かではありませんが、それくらい歴史の古い温泉地であることに間違いはありません。

江戸時代には徳川家第八代将軍吉宗が、草津から江戸城まで温泉を運ばせ、入浴したと伝えられています。このことにより「将軍お汲み上げの湯」として日本全国に知れ渡ることになりました。また、江戸時代には、現在のように交通機関が発達していないにも関わらず、年間1万人を超える湯治客が訪れ「草津千軒江戸構え」と言われました。さらに、湯治後の肌の手入れに入るための「草津の上がり湯」と呼ばれる温泉地が草津の周囲にたくさんできるほどでした。

明治時代には現在も行われている入浴法である「時間湯」や、名物となっている湯もみが始まり、また、ドイツから来日していた医師のベルツ博士によって、草津温泉の効能などが世界に知らされ、草津温泉の名は日本だけにとどまらず、世界的に有名な温泉地となり、現在の国際観光都市としての足掛かりになりました。

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